満開の蕎麦の花を見ながら賑やかに
緑の稜線が美しい山々に囲まれた段々畑。近づいていくと、小さく可憐な蕎麦の花が畑いっぱいに咲いています。「雲みたいできれい」と、はしゃぎながら走り回る子どもたち。「あと1カ月もすれば収穫だね」と、目を細めながら畑を見つめる高齢のご夫婦もいます。
10月に行われる「花祭り」は秋畑那須 (あきはたなす)地区の蕎麦づくり名人たちが、畑のオーナーさんたちと交流するお祭りです。8月に種をまき、12月に蕎麦打ちをする「蕎麦づくり入門コース」のちょうど折り返し地点に当たります。会場では地元の物産品が販売されたり、バーベキューが行われたり、普段は静かな集落に、終始賑やかな笑い声が響きます。
悪条件から名物が生まれる
甘楽町の北部、秋畑那須地区は、霊峰稲含山(いなふくみやま) の麓にある標高600~800mの山間傾斜地です。平坦な土地がないという悪条件の中、地元の人々は「ちぃじがき」と呼ばれる石垣に支えられた段々畑で小さな農業を守ってきました。土地も肥沃ではなく砂利交じりで痩せています。
しかし、そんな悪条件の中から名物が生まれたのです。それは蕎麦。この地域は朝、晩に霧がまき、昼夜の寒暖差が大きいため、香り高い一級品になるのです。
「人寄せがあるとき、蕎麦は欠かせない。かつて、5月の太太神楽祭(だいだいかぐらまつり)の日には家の前に舞台を作って踊り、千秋楽にはその家独自の汁で蕎麦を振舞うのがしきたりでした。山のキノコや小若鶏(こじゃっけい)を使ってね」と、
ちぃじがき蕎麦の里の会長、浅香浩さん。
荒れ地を開墾して蕎麦の里に
秋畑那須地区を蕎麦の里にしよう。名称は「ちぃじがき蕎麦の里」。1990年代、現町長で、当時、甘楽町産業課長だった茂原荘一町長が呼びかけて、耕作放棄地で荒地だった1.2haを地元の人たちとともに開墾し、蕎麦畑にしました。
「木を切ったり、ツルや草を刈ったり。除草剤を使えば楽だけれど、そうすると1年間、土地が耕作できなくなる。だから地元総出で手作業をやりました。大変だったなあ」と、浅香会長は振り返ります。
1997年4月には蕎麦の里の中核施設となる「ちぃじがき蕎麦の館 那須庵」が完成。蕎麦粉をひくための石臼の動力となる水車や蕎麦打ちの体験室、調理場などが完備されました。その年の夏から、「蕎麦づくり入門コース」がスタートしたのです。
名人に師事し、一から蕎麦作り
「蕎麦づくり入門コース」は8月から12月まで月に1度、畑を訪れ、地元の蕎麦作り名人に師事しながら作業を行います。8月は種まき、9月は土寄せ、10月は花祭り、11月は収穫、12月は蕎麦打ちで、種植えからツルツルと食べられる蕎麦になるまでのフルコースで体験できます。畑の大きさは1組1a(100㎡)、家族や友人3~4人で作業するのに最適な大きさです。入門料は1組10,000円。
2023 年度に、入門を申し込んだのは40組。群馬県内と県外からの参加者は半々だそうです。事務局を担う甘楽町役場によると、町の友好都市の東京・北区からの参加が多く、遠くは神奈川県からいらっしゃる方もいます。
「はじめは、指導者が少ないから(名人を)やってくれと町の人に頼まれて、名人になりました。でも参加者の皆さんが熱心で、いまは一緒に作業するのが楽しくて仕方ありません」と、最年少の名人、浅香種次さん。
きれいな空気と景色で元気をチャージ
都会からの参加者はこの地の環境に惹かれる人が多いようです。2022、23年の2年連続で東京から参加した女性は、「足(交通手段)が無いのでどうしようと迷っていたら、上州福島駅から 送迎してくれると聞き、参加を決めました。ちぃじがき蕎麦の里は空気が美味しいし、景色が美しい。体力が続く限り、参加し続けます」と話します。
同じく東京から参加したご夫婦は、「蕎麦打ち体験はやったことがありますが、種から育てるのは初めて。土寄せも収穫も慣れない力仕事で大変ですが、コツを覚えると楽になります」と、ご主人。
2023年の夏は猛暑でしたが、この地は空気がカラッとしていて、気温も下界よりかなり低い。「集落でエアコンを入れている家はほとんどない。この心地よさも味わってほしい」と、浅香会長。
「この蕎麦粉が一番美味しい」、味に驚愕
23年間、参加し続けている群馬県前橋市の女性は「とれる蕎麦粉の味の良さが一番の魅力。蕎麦好きで各地を食べ歩いている弟からも、『最高に美味しい』とお墨付きをもらいました」と言います。「長年通っているので、名人たちと親戚みたいに付き合えるのもうれしい。第二の故郷という感じですね」とにっこり。
毎月通っているうちに、参加者同士の輪も生まれるようです。「私たちがまごまごしていると、隣の畑の人が手伝ってくれることも。人と人とのふれあいがあるのもいいですね」と、家族連れ。
進む高齢化。新しい形を模索しつつもっと盛んに
年々、知名度が高くなっているちぃじがき蕎麦の里ですが、一つ問題があります。それは名人たちの高齢化。現在は17人おり、下は44歳、上は80代で平均年齢は70歳くらい。集落の女性たちで運営している蕎麦処「ちぃじがき蕎麦の館 那須庵」も高齢化のため、2023年12月24日で閉店となります。
「地域おこし協力隊や役場の若手の力を借りるなど新しい形も模索しつつ、蕎麦づくり入門コースをもっと盛んにしていきたい。那須庵も復活させたい」と甘楽町役場 。
「山が好きな人、土いじりがしてみたい人、蕎麦好きな人、一度参加して、その良さを味わってはいかがでしょう」と、役場は呼びかけています。
(取材日:令和5年10月)
※蕎麦処「ちぃじがき蕎麦の館 那須庵」は、2023年12月24日で閉店しました。
ちぃじがき蕎麦の里 「蕎麦づくり入門コース」について
※「蕎麦打ち」のみの体験は受け付けていません。