山々と清流に囲まれたのどかな山里
群馬県の南西部に位置する人口約1600人の小さなまち、神流町。町の中心には清流・神流川が流れ、標高1000m級の山々にぐるりと囲まれた山里には、ゆったりとした時間が流れています。過疎化が進む中で地域資源を活用し地域の活性化を図ろうと、神流振興合同会社を中心に宿泊施設や農家などが集まり、2018年に発足したのが「神流町農泊事業推進協議会」です。
「神流町には関東一の水質を誇る神流川をはじめとする豊かな自然があり、「赤じゃが」や「あわばた大豆」など魅力的な伝統野菜もあります。これらの資源をどう生かし、町の魅力を発信していくか。空き家を活用した民泊運用や、体験インストラクターの育成など試行錯誤しています」と、神流振興合同会社総括部長の黒澤永知さんは話します。
こうした取り組みの先頭を走るのが「田舎暮らし体験処 木古里」を営む高橋隆さん(84歳)。黒澤さんいわく、「田舎暮らしの楽しみ方を知り尽くした達人」です。
楽しまなきゃ損!達人が伝える田舎暮らしの魅力
神流町で生まれ育った高橋さん。農業高校を卒業後、家業の農林業を継ぎ、アイデアと実行力を武器に養蚕、こんにゃく栽培、観光山菜園、菌床きのこ栽培、カブトムシの養殖など多角的な分野にチャレンジしてきました。
「田舎暮らしは不便はあるけれど、苦労とは思わない。何でも楽しまなきゃ、損損!」
そう笑う高橋さんが田舎暮らしを心の底から楽しめるようになったきっかけは、1985年に「農家レストラン・木古里」を開店したことでした。
「お客さんと交流する中で、当たり前のように慣れ親しんできた自然や食べ物に、人の心を動かしたり、疲れを癒したりする力があることを知りました」と振り返ります。
共に店を切り盛りしていた奥様が亡くなりレストランは閉店を余儀なくされましたが、「神流町での豊かな暮らしをたくさんの人に体験してもらいたい」と、2008年に農作業や豆腐づくりなど様々な体験ができる「田舎暮らし体験処 木古里」を開設。訪れる人々から「宿泊もしたい」との要望を受けて、2018年より民泊をスタートしました。
山里を舞台にした暮らしのテーマパーク
高橋さんは、日々の暮らしを営むエリアを「山里暮らしっくぱーく」と名付け、体験の場として提供しています。
「古き良き山里の暮らしを、ありのままに楽しんで欲しい」と話す高橋さんに案内していただくと、そこかしこに“体験のタネ”が蒔かれていました。
使い込まれた農具など古民具を展示する「古月庵」に野蚕の飼育コーナー。庭には多種多様な草木が茂っています。
「この木は楮(こうぞ)と言って上質な和紙の原料になります。この間はそのお茶の木から茶葉を摘んで、紅茶づくりをしました。椿(つばき)がたくさん実を付けた年には椿油が絞れますよ。」
庭の一角には風呂釜と鉄鍋をリサイクルして作ったピザ釜「紋次郎」、洗濯機で作った燻製器「センタくん」、竹炭窯の「スミコ」とユニークな設備が並ぶコーナーも。ネーミングも遊び心満点です。
ロッククライミングやケイビングも。大自然を遊びつくそう
宿泊施設となる離れ「木古里山荘」の裏手には神流川が流れ、釣りや川遊びができます。たくさんのサワガニが生息する「カニ牧場」は、子ども達にはたまらないスポットでしょう。
エリア内には標高735メートルの「立処山(たとろやま)」があり、ロッククライミングに適した岩場や冒険心をくすぐる鍾乳洞が点在。高橋さんが以前きのこ栽培に使用していた鍾乳洞「ちゃんから洞」では、ケイビング(洞窟探検)が楽しめます。キャンドルを灯して行う演奏会やパーティーも好評だとか。
松の葉からサイダーができる!?感動の体験がいっぱい
高橋さんの自然に寄り添う暮らしの中から生まれた体験メニューは、訪れる人に新鮮な驚きと感動を与えてくれます。中でも人気を集めるのが「松葉サイダー作り」で、体験できるのは7月〜8月下旬。アカマツの新芽を摘みとり、綺麗に洗ってから砂糖水と一緒に一升瓶に入れます。常温で約1週間、松葉についた天然酵母の力でシュワシュワのサイダーが出来上がります。味見をさせていただくと、予想していた青臭さはなく爽やかな風味。
「おいしいでしょう。さらに発酵させると、松葉酢になる。これですし飯を作ると旨いですよ」と高橋さんはにっこり笑います。
何度も訪れたくなる。心と心がつながる農泊
「木古里」には老若男女を問わず県内外から多くの人が訪れ、思い思いの活動を楽しんでいます。
「農泊の一番の魅力は、たくさんの人たちと交流できること。活動を共にし語り合う中で生まれる、心と心のつながりを大切にしていきたいですね。」
訪れる人を心からもてなし、一つひとつの出会いを大切にしている高橋さん。都会からカブトムシを求めて訪れた家族と家族ぐるみの交流が続き、5年間130通にも及んだ文通を1冊にまとめてプレゼントしたという驚きのエピソードも。リピーターが多く、高橋さんのファンクラブが存在するというのも納得です。
「自分が元気な限りは続けていきたいですが、後継者が出てきてくれると嬉しいですね」と笑う高橋さん。黒澤さんも「農泊の担い手の確保が一番の課題。若い世代を巻き込み、世代交代を進めていきたい」と話します。
「何度も訪れたくなるまち」を目指し、高橋さんは神流町の魅力を発信し続けていきます。
(取材日:令和5年8月)
「田舎暮らし体験処 木古里」について